悲観的なPDAの未来は

daiyan2003-12-30

いろいろな日記サイトで今年のまとめ(と来年の展望)が見られますが、悲観的にかかれているPDA記事に比べてヘビーユーザーはそうは思っていないようです。
EriEriさんのサイトではカスタマイズできる小型情報端末としてニッチな市場を依然として確立していくとかかれています。
それとは逆の意見としてMobile-DiaryさんのサイトでTAKEさんは、 2003/12/24(Wed)「Mobileで何をする?」でPDAは扱いが難しいことが問題であり、もっと一般的に簡単になるべきだと述べられています。
PDAと携帯電話の市場はオーバーラップされてきていると言われて久しいですが、それでもすみわけが可能だと思われている人々が存在していることは確かな話のようです。
自分自身PDASL-C860を現在メインに使用していますが、メールや写真は携帯電話、PIMはPCと連携するためのHowmは例外として(あくまでPCでのPIMビューワとして使っています)専らシステム手帳で行っています。
メーカー自身PDAの行く末というビジョンを見出せていないという現状にユーザーが余計に反応しているという構図に私には見えます。
PDAの方向性としては他のPDAユーザーさんたちの日記を見ていると大きく分けて3つに分かれていると思われます。

  • PCの置き換えとして使われるケース

これはエクセルやワード文章、場合によってはプログラミングなど本来PCで行われてきた作業を出先で済ますというニーズがこれにあたります。本来PCで事足りる作業をPDAで行うので、もし超小型PCがPDAなみのハード的特長を備えた場合には市場から消える可能性があります。

  • データビューワとして使われるケース

動画やMP3、PCで取り込んだ時刻表などを出先で閲覧するニーズです。専用機と市場はかぶりますが、多様性という点でPDAとしての役割をはたしていると思われます。

  • PIM端末としてのケース

メモやスケジュールなどを管理するためにPDAを使用するケースです。
紙の手帳などと比べて検索性、持ち運び重量などで優れています。ただ買ってきたままの状態のPDAのPIMは大抵使い物にならず、ユーザーが置き換えアプリなどで自分色にカスタマイズする必要があり、一般ユーザーが使いこなせずに常用されないなどの問題があります。
これらをまとめてみるとPDAとは良くも悪くもそのカスタマイズ性が特徴であり、また弱点であることで一般的にならないと見て取れそうです。
しかし、自分としてはメーカ自体がPDAを曲解して開発してきたんではないかと思っています。
実際メーカーの人の中でPDAってなにに使うの?と聞かれて即答できる人はほとんどいないのではないかと思います。
今のPDAメーカーが新製品を開発したときの売り文句はやれ新しいCPUがどうたらとか、動画や音楽が滑らかに再生できますとか、枝葉のことばかり宣伝しているように私には見えるのです。
CPUが高性能になったとしてそれ自体がユーザーになんのメリットがあるのでしょうか?CPUごときをユーザーがなぜ意識しないとならないのでしょうか?
動画が滑らかに再生できるとして、果たしてそれがPDAの本来の機能を左右するようなものなのでしょうか?専用機が新製品をだしたとしてたぶん同じ宣伝を打つのではないでしょうか?果たしてそれがPDAといえるのでしょうか?
長々と暇に任せて書かせてもらいましたが、私としてはPDAとは

「進化した紙」

だと思っています。
紙を指差して「これって何に使うの?」などと人に尋ねるひとは少ないでしょう。
紙でメモや絵を書いたり、折り紙にしてみたり、おしりを拭いたり、色々使い道がありますが、人々はその多様性について戸惑うことはありません。使い道が決まっていてそれに対して紙というメディアが道具として十分に役を果たしているからです。
意識しないで使う道具、今のPDAにはそれが欠けているんじゃないか、原点を見失っているんじゃないかと私は思います。
ここで私は「原点」と言いましたが、PDAの原点はApple社のMessagePadだと思っているからです。
意識しないで使う道具。当時のNewton(Messagepad)ではハード的な制約もあり完全に実現はされませんでしたが、現在では不可能ではないと思います。
ということで来年はMessagePadみたいなPDAが出ること希望w

  • NewtonOSの正常進化形
  • 透過液晶搭載
  • サイズは変わらずに重さは400g前後、液晶のドットピッチを倍に。
  • eMateのように小学生でも使えるタフスペック

・・・なーんてね。